Crescent Moon
新任の先生だと紹介された男と会ったのは、今、この瞬間が初めてなんかじゃない。
屋上で、ほんの10分前、私に毒を吐いたのだ。
校長の隣で、嘘臭い笑みを湛えるあの男が。
「親父みたい。」
「は?」
「仕草とか行動が、親父みたいだなーと思って。だから、笑ってたんだよ?」
爽やかさなんて、微塵もなかった。
騙されてはいけない。
外見だけは良く見えても、あの男の中身は真っ黒だ。
墨で塗り潰された様に、どす黒いのだ。
楽しそうに笑いながら、あの男は私のことをバカにした。
苛立たせる言葉を、初対面の女に吐き捨てたのだ。
原因は、私にもある。
あんな場所で煙草なんて吸わなければ、あんな酷い言葉を言われることもなかったのかもしれない。
非は、あの男にだけあるとは言えない。
それを差し引いてみても、あの男に悪い印象を受けたのは事実。
初めて会った10分前の印象が強いせいで、校長の隣で微笑むあの男の笑顔が受け入れられない。
裏がある。
あの男の笑顔には、絶対裏がある。
そう思うのも、無理はないだろう。
「まひる、どうしたの………?」
隣にいる環奈が、私の異変を察知する。
不思議そうに、心配そうに私を大きな目で見つめてくる。
環奈の反応は、ごく普通のものだ。
環奈は、何も知らない。
私とあの男の、10分前の出会いを。
偶然が重なって出会ってしまった、最悪の現場を。
(環奈には伝えた方がいいの………?)
伝えるべきか。
それとも、黙っておくべきか。
適当に誤魔化しておく方がいいのだろうか。
素直に打ち明けても、私には何の支障もない。
困るのは、猫被りをしているあの男、冴島だけ。
しかし、これから同僚になる冴島の本性をそのまま伝えていいものか。
冴島に過度の期待を寄せている環奈に、素のあの男をバラしてもいいものか。
どうしよう。
どうしたらいい?