Crescent Moon
百発百中。
そんな言葉が相応しいと思えるほど、環奈の術中にはまらない男なんていなかったのに。
目の前の男の表情は崩れない。
大体の男は、環奈の技にかかれば、鼻の下を伸ばしてニヤニヤする。
落ちたなと、はたから見て分かるほどの変化。
分かりやすいくらいの反応を見せてくれるはずなのに、この悪魔みたいな男だけは私の予想の斜め上を行く。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。」
短くそれだけを環奈に伝えると、悪魔の様な男、冴島は大胆な行動に出た。
次の瞬間、私の体は自分の意思とは関係ない方向へと動いていた。
グイッと力強く、隣の男に引きずられて動いていく体。
職員室のドアに向かって、勝手に動いていく足。
犯人なんて、決まっている。
私の隣にいたのは、この男だけ。
冴島 直輝。
悪魔が私の手を引いて、出口に向かっているのだ。
人の了解も得ず、勝手に。
「な、な、な、何するのよ!?」
ニコニコと爽やかな微笑みを浮かべた悪魔に、荒々しい言葉を投げ付ける。
ビックリするじゃないか。
普通に驚くじゃないか。
胡散臭いとしか思えない微笑みをうかべたままの冴島が、後ろを振り返る。
「………。」
冴島は、私の問いかけには答えてくれない。
答えるつもりなんて、なかったのだろう。
私は半ば強引に引きずられて、職員室を出ていく羽目になってしまったのだった。
訳の分からないまま、私は冴島に引きずられて、どこかへ連れて行かれる。
行く先も伝えられず、先を歩く男。
さっきまでは、転校生だとばかり思っていた。
転校生だから、この学校の制服を身に付けていないのだと思い込んでいた。
自分よりも、ずっと年下であることは当たっていた。
私にはもうない若さを、目の前の男から感じていた。
まだ学生だとばかり思っていたが、言われてみれば大人の男にもきちんと見えてしまうから不思議だ。