Crescent Moon



私が何かを言ったところで、この男が素直に私の言葉を聞いてくれる訳がない。

そんな簡単に転がせる男ならば、私はこんなに苦労なんてしないのだから。


ああ、面倒臭い。

ほんとに面倒な男だ、この男は。



「………そうね。」


ここは、関わらないのが1番。


これ以上言い返したところで、この男を言い負かせる自信はない。

悔しいけれど、口ばかり達者なこの男を言い負かすのは、よっぽどの達弁を振るう人物でないと無理だろう。



アイツを、視界に入れない様に。

アイツと同じ場にいることを、忘れられる様に。


増していくばかりの苛立ちと戦いながら、仕事の前の恒例となっていた煙草をようやく吸い終える。



あの男よりも早く、職員室に顔を出す。

さっさと朝の準備を済ませ、そうしているうちに始まる朝の職員会議。


だけど悲しいことに、同じクラスを受け持つということは、目的地が一緒になってしまうということ。

どんなに避けていたとしても、結局は同じ場所へと向かわなければならないということだ。


職員会議を終わった後、2人が向かう先は同じ。

こうして、今に至るという訳だ。










「どうして、後ろを付いてくるのよ!付いてこないでよ………。」


真後ろを歩くその男にだけ聞こえる様に、小さく呟いた一言。


こんなことを言ったって、無駄だってことは分かってる。

真後ろを歩く男が、私を追ってくる理由。


それは、私と同じクラスを受け持つ教師だから。

仕組んだのではなく、上の人間から命令されて、そうせざる得ない状況になったから。


それだけ。

期待通りの言葉が、冴島から返ってきた。



「瀬川『先生』と、同じクラスだからですよ。」


分かってるのに。

そんなこと、分かっていたのに。


そう告げたあの男の声は清々しいくらいに明るいもので、すれ違う生徒の誰しもが、この男の本性なんて知らない。



今、ここで裏の顔を見せたら、みんなに本音がバレてしまう。

だから、悪魔は息を潜めているのだ。



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