Crescent Moon



「おはよう!さあ、みんな、席に座ってちょうだい。ホームルーム、始めるわよ?」


私がそう言い終えるのとほぼ同時に、高らかにチャイムの音が響き渡る。

私の後ろに付いてきていたあの男も、私に続いて教室の中に入ってきていた。


すると、どうしたことか。

教室内の空気が、一気に変わっていく。


ざわめきが、さざ波の様に端まで広がっていくのが分かる。


ある種の異様な光景とでも、言うべきか。

こんなにも騒がしいのは、珍しい。


ここが小学校ならば、騒がしいのが当たり前なのだろうけれど。

ここは小学校ではなく、高等学校。


大人になりかけの、大人というにはまだ少し若い未成年者が集う場所。

ここがどういう場所かを理解しているから、そう無闇に騒いだりなんかしないはずなのに。



騒がしくしているのは、そのほとんどが女子生徒のようだ。

ざわめきの中の声が、聞く気がなくとも耳に入ってくる。


どこか浮かれた、楽しげな声が。



「冴島せんせー、今日も格好いいね!」

「聞いてよ!私さー、今朝、冴島先生に挨拶しに行っちゃった!!」

「嘘でしょーーー、抜け駆けしないでよ。」


弾んだ声が、教室内の温度を変える。

熱狂的な空気が、狭い空間の色を染めて、変えていく。


そんな彼女らを見て、ふと考えてしまった。



(私にも、あんな時期があったのかな………。)


高校生の時って、私もあんな感じだったのだろうか。

同じクラスの男子のことや、他校の男子のことではしゃいで浮かれた会話を交わしていたのだろうか。


今でこそそんな会話はしないけれど、きっと私も10年前はあの中の輪に入って、騒いでいたのだろう。



昔過ぎて、もう思い出せない。

だって、もう10年前のことだ。


人間とは悲しいもので、10年も経てばいろいろなことを忘れてしまう。

記憶だって、永遠ではない。


忘れてしまいたくないことだって、忘れていく。



楽しかったはずの学生時代のことが、おぼろ気にしか思い出せない自分。

靄がかかったように、ぼんやりとしか覚えていない自分。


そんな私を見かねて、隣に偉そうに立つ冴島が小さな声で話しかけてきた。



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