Crescent Moon
環奈が、わざわざ私に会いに来るはずがない。
環奈は私の携帯電話の番号を知ってるし、私だって、もちろん環奈の番号を知っている。
学校でしか会えない様な、そんな薄い関係ではないのだ。
携帯電話を取り出して、サッとタッチすれば、容易に連絡を取ることが出来る。
環奈がここに来たのは、個人的に連絡を取ることが出来ない人間に会いたかったから。
環奈は、冴島に会いに来たのだ。
好みの男が近くにいて、みすみす見逃す女じゃない。
その人と決めたなら、環奈は真っ直ぐにその人へと向かっていく。
羨ましくなるほどに。
環奈の次のターゲットは、あの男。
冴島なのだ、きっと。
「次の時間なら、空きですよ。」
「わー、ほんとですか?」
「藤崎先生、何かご用ですか?」
白々しい笑顔を浮かべる男と、男の言葉に頬を染める女が1人。
悪魔の笑顔に気付かない環奈は、その言葉に表情を緩めていく。
「じゃあ、校内をご案内しますよ!まだ来たばかりで、この学校のことは分からないことも多いでしょうし………。」
優しさを滲ませてはいるけれど、環奈の言葉には有無を言わせないものがある。
無理にとは言わないけれど、公のこの場で断れば環奈のメンツも立たないし、冴島の評判も落ちるだけ。
そこまで計算して、環奈はここでわざと誘っている。
「………。」
どうして、そこまで突き進めるのだろう。
どうして、そんなに真っ直ぐに行けるのだろう。
私には出来ない。
私には、きっと出来ない。
羨ましいのに、どこか寂しくて。
環奈と冴島。
戸田くんと唐沢さん。
楽しそうな輪の中に入れない私は、その輪の中からそっと抜け出す。
邪魔者なのだと。
自分だけが異質なのだと、言われているみたいで。
何故か、泣きたくなった。
春は、出会いの季節。
新たな出会いと、新たな恋の訪れ。
その中に巻き込まれていくのは、誰なのか。