Crescent Moon
まずい。
非常にまずいことになってしまった。
私は、母親の地雷を無意識に踏んでしまったらしい。
火が付いたかの如く、怒り出すお母さん。
こうなったら、もう誰も止められない。
きっと、お父さんでも無理だろう。
止める相手がいないせいか、お母さんの言葉はエスカレートしていく一方だ。
「私だって、孫の顔が見たいわ。お隣さんなんて、もう2人も孫がいるのよ!」
大方、お隣のおばさんと孫の話にでもなったのだろう。
隣の家の、私と同世代の子供は既に結婚して、もう2人の子持ちだ。
隣の家の芝生は、やたらと青く見えるもの。
お母さんも羨ましく思ったに違いない。
今まで我慢してきたのだろう。
孫が欲しいと思っても、娘が結婚しなければ孫が生まれることはない。
私にプレッシャーをかけない様に。
私に気を遣って、何も聞かずに言葉を飲み込んでいたのだ。
きっと。
いつか、私から結婚の話が出ることを期待して。
聞きたくても、聞けなかったこと。
言い出したくても、言えなかったこと。
お母さんにとって、私の結婚はそういうものだったのだろう。
「結婚する相手がいないんだもん。孫なんて、まだまだ先だよ………。」
私だって、悪いとは思っている。
これでもね。
親に孫を抱かせてあげたいとは思うし、私自身、自分の子供をこの手に抱くことが出来たら、それはとても幸せに思うことだろう。
しかし、実際問題、私にはここ数年、付き合っている人はいない。
恋人が欲しい。
結婚したい。
そう思っても、1人では結婚することは出来ないだから。
一応、申し訳なさそうに言ってはみるけれど、そこは実の母親だ。
私の心の内なんて、見透かされている。
突き刺さる、鋭い視線。
鋭利な刃物の様な視線で私を貫きながら、お母さんは唐突に私にこう告げたのだった。