Crescent Moon



すれ違う生徒達と言葉を時折交わしながら、私が向かっていた場所。

それは、2年2組の教室だった。



私が担任として受け持つ2年2組は、階段を昇ってすぐの所にある。

毎日昇る階段を、1歩ずつゆっくりと進んでいく。


たまに感じる膝の痛みに、私も年を取ったのだななんて、自嘲めいた独り言を漏らしながら。


ガラッと、軽く力を入れて、目指していた場所でもある教室のドアを開ける。

そこに広がっていたのは、無音の空間だった。



「なーんだ、みんな………帰っちゃったのか。」


誰もいない空間に響く、自分の声。

先ほどまで騒がしかったはずの空間に、その声が虚しく響いた。


誰かに会いたくて、ここに来たのではない。

この人に会いたいと決めたから、ここを目指したのではなかった。


しかし、誰か1人くらいは残っているだろうと思っていたせいか、拍子抜けしているのも事実だ。



(放課後の教室って、ほんとに静か………だな。)


いつもは注意しないといけないくらい、ここは賑やかでうるさい場所なのに。

今は、そんな騒がしさを感じることもない。


ただ、遠くに音を微かに感じるだけだ。

どこか遠くで、何かの音がするなと。



(部活、まだやってるのかな。)


連休前とはいえ、部活に入っている子は残っているだろう。

荷物もないことから推測すると、荷物を部室に運んでいるものだと思うのだけれど。


うちのクラスでは、3分の2ほどの生徒が何らかの部活か、もしくは生徒会の活動に従事している。

荷物さえもなくなってしまったここには、もう誰も戻っては来ないということだ。



ゆっくりと、窓際に近付いていく。

恐ろしいほど、慎重な1歩で。


見えたのは、部活に勤しむ生徒ではなかった。

真っ赤に染まった、夕焼け空と校舎だけが、私の視界に広がっていった。



「………。」


夕焼けに染まる校舎というのも、なかなか美しい。

そう思ってしまった。


おかしいな。

毎日見ているはずなのに、こんなことを思うだなんて。


毎日見ている光景が、今日だけはやたらと美しく見える。



普段は忙しさに気を取られて、しみじみ景色を見る余裕なんてなかった。



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