Crescent Moon



(変な男………。)


本当に、変な男だ。


何を考えているのか、さっぱり分からない。

行動だって突拍子もないし、理解出来ないところだらけ。


自分とは全く違う人間だって、はっきり分かる。

素の冴島は、私にとっては謎だらけだ。



感情を表へと出す人間ばかりではないことは分かるけれど、こうも全く表へと出されないと、こっちだって対応に困るというもの。


無愛想なのが私の前でだけというのも、腑に落ちない。

他の人の前では、ニコニコしちゃって、無駄に爽やかな笑顔を振り撒いているのに。



だんだんと、冴島の気配が近付いてくるのが分かる。


話すことなんてない。

こちらから、気を遣って話しかけたりなんかしたくない。


お互いに言葉を発しないせいか、相変わらず、この空間には音というものがない。

無音の空間が広がっていた。



夕暮れの教室は、暖かな色に包まれていく。

私の心の中とは全く違う色に染まっていく。


より深みを増していくその色に、更に目を奪われる。



その色がだんだんと濃くなって、闇に変わっていく。

赤が消えて、漆黒という名の闇に覆い尽くされていくのだろう。


この景色を見ていられるのも、あとわずかな時間だけだ。



(ゆっくり出来る時間も、あと少しだけってことか………。)


無言の私達の間に流れる空気は、何故か穏やかなものだった。


変なの。

いつもはもっと、お互いにピリピリしているのに。

激しく言い合いをして、怒らせる様なことばかりを言っているのに。


殺伐とした、いつもの雰囲気がここにはなかった。

不思議と穏やかで、静かな空間がここにはある。



(こいつといて、イライラしないのって………初めてかもしれない。)


よくよく思い出してみれば、私はいつも気を張っていた気がする。


小さなことに腹を立てて、いつも目尻を吊り上げていた。

怒ってばかりいて、深く関わろうだなんて思いもしなかった。



それは、きっと出会いが最悪だったから。

ロマンチックだなんて言えない場面で、場所で、あの男と出会ってしまったから。



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