Crescent Moon
だけど、今は違う。
今は、何も感じない。
あれほど募っていた苛立ちも、この男に関わりたくないからこそ感じていた煩わしさも存在さえしていなかったかの様だ。
悩みが消えた訳じゃない。
そうではないけれど、悲しい気持ちまでもがどこかに消え失せてしまった。
きっと、この夕焼けのせい。
いや、この夕焼けのお陰だ。
この美しい景色が、私のささくれ立った心をなだめてくれたんだ。
目にも鮮やかな赤い色が、私の心を洗濯してくれたんだ。
きっと。
「お、綺麗だな。」
珍しく漏れた、悪魔の本音。
素直な言葉。
気が付けば、冴島の姿は私の隣にあって、私達は並んで窓際に立っていた。
「この景色、いいでしょ?何だか、いつもの学校じゃないみたいで。」
私がそう言って微笑めば、無表情ながらも冴島が答えてくれる。
「そうだな。………違う場所みたいだ。」
反発することもなく、異論を唱えることもなく、そう認めてくれた。
横目にあいつを盗み見て、思う。
ほんと、無駄に顔だけは整っているなと。
環奈が一発で騒ぎ出すのも、無理はないなと。
環奈だけではなく、この学校でこの男を悪く言うのは私くらいなものだろう。
クリッとしたつぶらな瞳は大きく、夕日を映したその瞳は赤く燃え上がっている。
赤く染まった瞳だけじゃない。
夕日マジックだ。
夕焼けに照らされた冴島の姿は、どうしてか、いつもよりも魅力的に見えた。
いつもと違って見えるから、見入ってしまうのか。
それとも、ただ雰囲気に呑まれてしまっているだけなのか。
夕焼けの赤とは正反対の、涼やかな視線を中庭へと落とす冴島。
(この性格さえなければ、最高なのに………な。)
この裏の顔がなければ、私だって、この男に惹かれていたかもしれない。
あの日、あの場で、あんな風に出会わなかったら、何かが変わっていたのかもしれない。
私が今みたいに目の敵にすることもなく、冴島が裏の顔を見せることもなかった。
それがいいことなのかどうかは、今となってはよく分からないけれども。