Crescent Moon
好きになっていたのかな。
環奈みたいに、心惹かれていたのかな。
そんな可能性に思いを馳せたその時、認めてしまったその瞬間、私の心臓は大きく飛び跳ねた。
(………!)
ドキンと、久しぶりに感じた痛みに顔を歪める。
その痛みは、どこか懐かしかった。
夢中で、誰かに恋をしていた頃のもの。
ただ一途に、誰かを愛していた頃のもの。
久しぶり過ぎて、忘れてしまっていた。
もう何年も、男という存在を特別に意識したことなんてなかったから。
それだけ、私は男の人から遠ざかっていたから。
考えたのは、可能性のことだ。
現実なんかじゃない。
現に、私と冴島は最悪な形で出会い、歪な関係を続けている。
歪み合って、会えば喧嘩ばかりしている。
現実の世界で、恋をしている訳じゃない。
冴島なんか、冴島のことなんか、好きじゃない。
(あ、あり得ないでしょ!)
どうして、こんな性悪最低二重人格男なんかに恋をしなければならないのか。
性格が悪いって分かっていて、好きになんてなるものか。
頭ではそう考えているのに、体は言うことを聞いてなんてくれない。
私の心臓は、その動きを速めるばかりだ。
1秒ごとに、また大きく跳ねる。
ドキンドキンと、大きく飛ぶ。
痛みを持って、そこに秘める感情を教えようとする。
(雰囲気に酔ってるだけだって、きっと………。)
好きじゃない。
好きなんかじゃない。
好きになんて、なりたくない。
この雰囲気に酔っているだけだよ。
流されているだけだよ。
この男の本性を、私は知ってる。
仮面を被っていて、誰の前でも好青年を演じていることも。
その裏では、無愛想で素っ気ない一面しか見せていないことも。
それを知っていて、知っているからこそ、好きになんてなりたくなかった。
好きになるもんかって、そう思ってた。
自分に言い訳をするだけで、精一杯だった。
言い聞かせるだけで、精一杯だった。
確実に、私の中で変化が起きている。
受け入れたくはないけれど、何かが変わろうとしている。