Crescent Moon



1年。

1年だ。


たった1年、我慢さえすれば、こんな状況から解放される。

同じクラスを受け持つ担任と副担任という立場から、離れられる。




そう思ってたのに、どうして。

どうして、あの日だけは違っていたのだろうか。


逃げようと思えば、そう出来た。

近付いてくるあの男の隙を突いて、すっと横から走り去ることだって叶ったはずだ。



それなのに、どうして。

どうして。


いくら自分に問いかけても、その答えはついに見つからなかった。



ただ1つ分かっているのは、私はあのキスを拒否しなかったということ。

拒否しようと思えば出来たのに、そうしなかったということだけ。


あの瞬間、私はあの男を、冴島を確かに求めていた。

大嫌いだと口で言いながら、大嫌いだと言った男のことを欲しいと思ってしまった。


不覚だけれども、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、あんな二重人格男にときめいてしまっていたのだ。



悪魔みたいな男に。







大型連休はあっという間に終わってしまい、5月のカレンダーも半分は既に終わってしまった。


風薫る5月。

緑が芽吹く新緑の季節は、ある恒例行事の訪れを知らせてくれる。



その行事とは、宿泊学習だ。

1年と2年はこの季節になると、泊まり掛けで学校を離れて出かけていくのだ。


学習とは言っても名ばかりで、何も本当に学校でする様な勉強をしに行く訳ではない。

自然豊かな場所にわざわざ出かけていき、皆で貴重な、普段の生活では出来ない様な体験をする。



例えば、山に登ること。

みんなで、外でご飯を作ったりすること。


小さな、どうでもいいことかもしれないけれど、人生にとっては重要なことになると思うのだ。



その経験が、生きる上で大切な経験になってくれる。

大切な記憶になってくれる。


おまけに、クラスメイトとの絆も深まるとあれば、一石二鳥というもの。



私達教師にとっても、生徒達にとっても、いいこと尽くしな行事なのだ。

この宿泊学習というのは。


まあ、準備に追われる教師にとっては、楽しいことばかりとは言えないのが悲しいけれど。



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