Crescent Moon
そういう訳で、私達2年生はバスに乗って学校を離れ、県外にある施設に向かうこととなった。
「わー、ねえ、見てよ!」
「山だー!!」
「やばっ、ほんと何にもないんだけど。」
思い思いの言葉を、生徒がそのまま呟く。
窓の外を見ては騒ぎ、楽しげに周りの同年代の子と会話を広げていく。
何もないと言っている割にはその声はひどく楽しげで、はつらつとしているのは気のせいではないだろう。
バスのあちらこちらから聞こえてくるのは、嬉しそうな声ばかり。
そんな中、私の周りだけは違っていた。
「………、………。」
「………。」
弾んだバスの雰囲気とは真逆の雰囲気が、私の周りを冷たく包み込む。
言葉のない、無言の空間がここだけに広がっている。
こうなっているのには、もちろん理由があった。
私だって、知らない人とは積極的にしゃべりたいとは思わない。
だけど、こういう場なのだ。
あまり話さない人とでも、それなりに気を遣って話そうとはする。
ただ、1人の人間を除いては。
私の隣に座る人物。
涼しげな顔をして、しれっと座るその人が問題だ。
私の隣に座っているのは、そう、あの男。
私とともに、この2年2組を受け持っている冴島なのだ。
遡ること、2時間前。
真っ先にバスに乗り込んだ私は、1番前の席に陣取った。
担任である私の指定席というか、ほぼ例外なく、担任は嫌でも1番前の席に座る様に言い渡されている。
何かあった時、いつでも動ける様に。
バスの運転をしてくれている人とすぐ連携を取ったりする必要がある場合もあるから、ここにいるのが1番いろいろとやりやすいのだ。
生徒を見渡せる位置でもあるから、トラブルが起きた場合にも対処しやすいという利点もある。
腰を下ろした私は、次々とバスに乗り込んでくる生徒達にこう告げた。
「みんなー、早く席に座ってねー。後ろにまだ人がいるから、さっさと進んでちょうだい!」
「はーい!」
「席は特に決めてないから、自由に座っていいからね。」
私の言葉に頷いた生徒達は、各々好きな席に座り始めていった。