Crescent Moon



「1番奥の席、もらった!」

「隣、座っていい?」

「もちろんいいよ!!一緒に座ろう。」


揉めることもなく、バスの座席はどんどん埋まっていく。

この時点で問題が起こることも、稀にあるのだ。


誰が、誰の隣に座りたい。

この席は嫌だから、別の席を空けてくれ。


それこそ、モンスタークレーマー並みに騒ぎ出す子もいる。

とりあえず、今年に限ってはそういうことはない様で、ほっとして胸を撫で下ろす。



最後に乗り込んできたのは、私が最も苦手とする男、冴島 直輝だった。


あの男が乗り込んできた瞬間、沸き上がる歓声。

主に女子生徒からのその声に、私と一部の男子生徒は呆れながら溜め息をつく。


今では見慣れてしまったその光景を、私はどこか遠い場所で起きている出来事の様に眺めていた。



(こんな男でも、人気あるんだ………。)


環奈もだけど、みんな見る目がない。

人の裏の顔を見抜くのは、それほど難しいということなのか。


私はたまたまあいつの裏の顔を見てしまったから、知っただけ。

私だってあんな風に出会わなければ、騒ぎこそはしないけれど、この光景を好意的に見ていたのかもしれない。



まだこの学校にやって来て、1ヶ月ほどしか経っていないというのに、この人気は何なのか。

それほど人を惹き付ける何かが、この男にあるのか。


(………何だか、な………。)


まあ、別にどうでもいいんだけど。

どうでもいいんだけど、何かすっきりしない。


心にはモヤがかかったみたいに、漂う思いがある。



イライラする。

あの男を見ていると、無性に苛立つ。


だけど、そんな苛立つ自分を悟られたくなくて、必死に平静を装う。



どうして、こんなにイライラしてるの?

どうして、あんな男に歓声なんか上がっちゃってるの?


見たくない。

見たくないのよ、あんな男のことなんて。


いろいろな『私』が、私の中で本音を吐いていく。

ぼんやりとしている私をよそに、バスの中は異様とも言えるほどの熱気で溢れ返っていた。



「冴島先生、こっちに来て!」

「直輝せんせー、私の隣に座ってよ。空いてるよー?」



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