Crescent Moon
女子生徒達が必死になって、あの男に誘いの言葉を投げかける。
女子特有の、異性に対するアプローチのやり方は、大人の女も顔負けだ。
私なんかよりもずっと積極的に、悪魔と戯れようとして、意中の人に声をかけている。
それに対して、冴島はいつもみたいに笑っているだけだった。
何を考えているのか分からない、そんな目をして。
表情だけは繕っているから、誰も本当は冴島が笑っていないことになんて気付いていない。
その笑顔の裏に、どんな感情があるのか。
それは、私にも分からないもの。
ああ、お願いだから、こっちに来ないで。
私の隣にだけは座らないでね。
このバスのどこに座っても構わないから、私の隣の席にだけは座らないで欲しい。
まだまだ先は長いのだ。
走り出してすらいないのに、最初っからこんな男に隣に座られてしまったら、私の心臓がもたない。
お願い。
ほんと、お願い。
しかし、私の小さな望みは、あっさりと砕かれてしまうことになるのだった。
「ほら、バスが動いたら危ないから、早く座って。」
優しくそう言って、興奮している女の子達を諭す冴島。
女の扱いが上手いのだろう。
冴島の言葉1つで、あれほど熱気に満ちていた空気が穏やかなものに変わっていく。
「えー、そんなのひどいー!」
「しょうがないじゃん、もう………さっさと座ろう。」
諦めきれない様子の女の子もいるけれど、元から運が良かったら、憧れの先生の隣に座りたいという程度にしか考えていなかったのかもしれない。
渋々、散り散りになって、バスの後ろの方へと消えていく。
たくさんの女の子達から解放された冴島が立ったのは、私の目の前。
わざと隣の席にドカンと置いていた私の荷物をさらっと避け、その偽りの笑顔を今度は私に対して向けた。
「は?」
どうして。
どうしてよ。
誰にも座られない様に、わざわざ荷物まで置いておいたというのに。
そんな姑息な作戦なんて、冴島には全く通用しないのだ。
迷わず、躊躇わず、私の荷物を網棚の上へと上げる。
「………そこ、私の荷物を置いてたんだけど。」