Crescent Moon



28歳。


いくら大人といえる年齢になったとしても、私だって女だ。

1人の、どこにでもいる普通の女。


異性と触れ合えばドキドキだってするし、キスをすれば意識だってする。

この心臓の雑音の原因なんて、あいつ以外にあり得ない。



(何を考えているんだろう………この男。)


チラリと、隣の席を覗き見る。

バレない様にそれとなく、バスの窓に映る冴島の顔を。


こっそり覗き見た冴島の顔は思ったよりもはっきり見えたけれど、その表情はいつもと大して変わらない。

こっちがびっくりするくらい、いつも通りだった。



涼しげな表情で、真っ直ぐ前だけを見ている。


直接見ている訳ではないから細かいところまでは見えやしないけれど、その瞳には何も映していないのだろう。

きっと。

その瞳には、何の色も宿らない。



たまに生徒に話しかけられれば、笑って応える。

作り物の笑顔で応えて、それが終われば無に戻る。


私のことなんて、気にしてもいない。

こちらを見ることもない。


そんな冴島を見ていたら、何故だか急に切なくなった。



(………バカみたいだ、私。)


バカだ。

ほんと、バカみたいだ。


意識してるのも、私だけ。

気になっているのも、きっと私だけだ。


冴島の態度から、冴島の気持ちが透けて見える。

あんなに表情からは何を考えているのか分からなかったはずなのに、態度から分かってしまうなんて皮肉だ。



お前のことなんか、こっちは気にしてもいない。

お前のことなんか、どうも思っていないよ。


そう言われているみたいだと思った。



結局、考え過ぎていたのだ。

私ばかりが考え過ぎていて、冴島は何も考えてなどいなかったのだ。


あのキスに、意味なんてなかった。

理由なんてなかった。


ただの気まぐれで起きたキスだったんだ。



そうでなければ、こんな態度を示さない。

どうでもいいとでも言いたげに、私のことを放っておいてなどくれないだろう。


構って欲しい訳じゃない。

話しかけて欲しい訳じゃない。


だけどーーー………



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