Crescent Moon



キスに、意味があっちゃダメなの?

キスに、理由を求めてしまうのはいけないことなの?


そこに何かがあると思ってしまうのは、女だけなのだろうか。



(ああ、もう止めた!知らない!!)


こんな男のことなんか、もう知るもんか。

考えて、考えて、考えるだけバカらしくなる。


忘れてしまえばいい。


あんなキスのことなんか。

あんなキスの記憶なんか。



私と冴島には、何もなかった。

それでいいじゃないか。


意味のないキスなんて、寂しいだけ。

虚しくなるだけだもの。


だったら、最初から何もなかったことにすればいい。

何もなかったと思えばいい。


そうすれば、こんな思いはしない。

こんなに冴島のことばかりを考えて、苦しくなることもなくなる。










ガタンと音を立てて、少しだけ大きく揺れた後、私達の乗ったバスがその動きを止めた。



「瀬川先生、もう起きなよー!」

「ん………。」

「先生、着いたってバスの運転手が言ってるよ!!」

「………あれ?」


生徒のその声で、ゆっくりと瞼を開ける。

暗闇が開けて、光の世界へと連れ戻される。


目を開けてみれば、そこに広がるのは何度も来たことのある、見慣れた景色が広がっていた。



鬱蒼と生い茂る、深い森。

ディープグリーンの森の中にポツンと立つ、不釣り合いな灰色の建物。


建物の前には広めの駐車場が作られ、バスを待ち受けている。



この場所は、自然の家と名付けられた施設。

主に、学生などが利用する施設だ。


普通に生活しているだけでは体験出来ない様なことも、この森に囲まれた施設でなら体験出来る。

ビルに囲まれた環境から離れ、自然と触れ合いながら、人とも触れ合える。


正に、この宿泊学習という行事には、うってつけの場所なのだ。

うちの学校は、毎年、この施設を利用する常連でもある。



(私、寝てた………の?)


まだぼんやりとする頭で、思い出そうと試みる。


冴島のことを考えていたのは覚えている。

ずっとあの男のことばかりを考えていて、何の反応も示さない冴島に呆れた。

諦めたと言うべきか。



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