Crescent Moon
気が付いたら、眠ってしまっていたらしい。
睡眠が日頃から足りていないという自覚はあったのだけれど、蓄積していた疲れがこんな場面で出てしまうなんて情けない。
今日は宿泊学習という、大事な行事の日なのに。
クラスをまとめて監督しなければならない、大切な日なのに。
眠れない。
あの日からずっと、私はまともに眠ることなんて出来ていない。
あの日。
あのキスの日から。
意味のないキスに惑わされて、振り回されている。
「みんな、ごめんね………。ちょっと、最近疲れてたのかな?」
あの最低な男のことを考えていて、眠れませんでした。
たかがキス1つで、眠れなくなるほど悩んでいました。
そんなこと、言えない。
思春期の子供の前でなんて、絶対に言えない。
「先生でも、うとうとしちゃうことなんてあるんだね。なんか意外だなー。」
「バカじゃないのー?先生だって人間なんだもん、居眠りくらいするよ!」
「どっかの誰かさんは、授業中にしょっちゅう居眠りしてるけどね。」
「………それは、先生の前では言わないで。」
フォローをしている様でしていない、そんな会話を聞きつつ、指示を出す。
「さあ、順番にバスから降りてね。足元に気を付けて、前の人を押さない様に………。」
ダメだ。
頭が、上手く働いてくれない。
眠気でぼーっとする頭が、思考が、私の邪魔をする。
隣に座っていたはずの冴島は、もう私の隣にはいなかった。
空っぽになったその席が、忌々しく感じていた存在がいなくなったことを私に教えてくれた。
「………。」
寝足りないのだろうか。
バスの中で眠っていたとはいえ、あんな公衆の面前で熟睡なんて出来る訳がない。
ふらつく足を必死に動かして、生徒を誘導しようとする。
若い頃は、徹夜で遊ぶのなんて当たり前のことだった。
大学時代は教職を目指していたとは言っても、年相応に遊んでいたし、そのお陰で寝不足にだって慣れていた。
どんなに睡眠時間がまともに取れなくても、次の日の授業にはきちんと出席していたし、疲れが残ることも少なかった様に思う。
寝不足なんて、へっちゃらだった。