Crescent Moon
泊まる訳ではないけれど、利用するにはそれなりの料金が発生するはずだ。
いくらかまでは見当もつかないけれど、こちらと相手方で割って払うのだろう。
ここを選んだのは、きっとお母さんだ。
見栄っ張りなお母さんらしい。
キラキラと輝くシャンデリアに、上品な質感を称えるカーペット。
美しく磨かれた窓ガラスからは、庭が一望出来る。
着物姿の私の隣を歩くのは、お母さん。
私が怖じ気づいて逃げ出さない様に、見張っているつもりなのだろう。
「………。」
何も、そんなにぴったり横を歩かなくてもいいのに。
むしろ、1人で来たってよかったくらいだ。
子供じゃないのだ。
ドタキャンなんかしないし、途中で逃げ出したりもしない。
逃げ出したりなんかしたら、後が怖いもん。
烈火の如く怒るお母さんが、頭の中に浮かぶ。
あー、恐ろしい。
考えただけで恐ろしい。
ホテルの中にあるレストラン。
案内された席に座っていたのは、1組の男女。
見た瞬間、私の気分は更に落ちていった。
(別に、期待なんかしてなかった………けどさ。)
運命なんか、この世にはないのだ。
あったとしても、都合よくこの場に運命は居合わせてくれない。
とってもタイプの男の人が座っていて、話も弾んで。
上手い具合に展開してくれて、結婚まで決まってくれて。
さすがに私もバカじゃないから、そこまでこのお見合いに夢を見ていた訳じゃない。
目の前にいたのはタイプの人ではないけれど、至って真面目そうな人だった。
髪の毛をきちんと分けていて、後ろに流している。
清潔感があると言えば聞こえはいいけれど、とてもセンスがいいとは言えない。
濃紺のスーツも、この席には無難なチョイス。
理想は高くないつもりだけど、私にだって好みというものがある。
付き合うだけなら、まだいい。
この出会いは、結婚に繋がる出会いだ。