Crescent Moon
ほんの数年しか経っていないのに、こうも衰えるものなのか。
20代も後半に差しかかると、これほど体力に違いが出るものなのか。
気持ちだけはいつまでも若いつもりでいても、体は誰より正直だ。
ふらつく足で、バスを降りようとした時だった。
グラリと揺れる体。
自分の意思とは違う方向に、体が動いていく感覚。
それは、自分がふらついていたからではない。
バランスを崩していることは確かだけれど、その原因が自分にはないことくらいは、ぼんやりしている頭でも分かっている。
誰かに引っ張られている。
それも強い力で、容赦なく。
か弱い女では、これほどまでの力で成人女性である私を引っ張ることは出来ないだろう。
予想が間違っていなければ、私の体を引っ張る犯人はきっと男だ。
直感的に、そう感じた。
もしかして、あの男だろうか。
出会ったあの日から、私を困らせているばかりの男。
私にだけは甘い顔なんてしてくれなくて、他の人の前ではとびきりの爽やかな仮面を見事なほどにかぶる男。
あんなキスをして、惑わせて。
忘れられなくして。
私の心を、思考ごとまるごと持っていく。
待っていてくれたの?
先に降りて、なんて冷たいやつなんだと思っていたのに、私のことを待っていたの?
そうだとしたら、嬉しい。
そんな期待をあっさり打ち砕かれたのは、次の瞬間。
アイツじゃない。
あの男じゃない。
まだあどけなさの残る目が、私を真っ直ぐに捉える。
その目にがっかりして、そんな感情を抱いてしまった自分を戒めた。
何を落胆しているんだ。
勝手に期待して、勝手に落ち込んで、どうしたというんだ。
待っていて欲しかったんだろうか、私は。
隣にいて欲しかったんだろうか、私は。
嫌いだと言いながら、あの男と離れたくなかったのか。
「先生、どうしたの?」
そう聞いてきたのは、戸田くんだった。
私を人目のつかないバスの後方まで連れてきて、私に真剣な眼差しで問う。
その眼差しが、私の邪心まで見抜いていそうで。
こんな邪念ばかりの自分を暴かれてしまいそうで、その視線からそっと逃れていく。