Crescent Moon



他には何もない、そんなところに置かれたベンチ。

ポツンと置かれたその木製のベンチが、月明かりを浴びて、その姿を誇らしげに晒していた。



「座っちゃおーっと、…………大丈夫だよね?」


誰の物か知らないけれど、お邪魔します。

心の中でそう断りを入れて、ベンチに近付いていく。


何だか、子供の頃に戻ったみたいな気分だ。

誰も知らない、自分だけの秘密基地を見つけた感覚。


ここは、秘密基地でも何でもない。

意味もなく、ベンチが置かれているだけかもしれないに、そんな気分になる。



見慣れた場所にベンチがあっても、ああ、ベンチがあるなとしか思わないだろう。

日常の風景に溶け込んでしまえば、きっとここは目立ちもしない場所。


初めて見つける場所だから、ここが特別な場所であるかの様に見えてしまうのだ。

不思議なことに。



私が体重をかけると同時に、怪しげな音を立てるベンチ。

木が軋む音。


ギイッと音を立てながらも、壊れずに私の体重を受け入れてくれる。

ベンチを腰を下ろして、隠し持っていたある物を懐から取り出した。



「温くなってるし。」


手の中に収まった、銀色の缶。

手にしたのは、缶ビールだ。


何も、私が家からわざわざ持ち寄ったものではない。

寝る前に1杯飲んでから寝るんだと、年配の男の先生が荷物の中から取り出した1本。

それを、厚意で分けてもらったのだ。


寝静まったであろう頃、きっとどこかのテントで晩酌をしていることだろう。



「飯島先生、いただきまーす………。」


お酒、好きだもんな、飯島先生。

歓迎会の時なんて、誰よりも浴びる様に飲むもん。


以前行われた歓迎会を思い出し、こっそり笑いながら、缶を開ける。

プシュッと小気味いい音を立て、キメの細かい泡が飛び出した。



「んー、おいしー!」


溢れんばかりの泡を飲み込み、漏れる言葉。

勢いよく流れ込む泡が、疲れた体を潤していく。


見回りと言いながら、こんな物を懐に隠しているなんて、我ながらずるい。

絵に描いた様な、真面目な教師ではないことだけは確かだ。


まあ、元から真面目なんかじゃないけれど。



< 76 / 86 >

この作品をシェア

pagetop