Crescent Moon



真面目な人であるならば、隠れて学校の屋上で煙草を吸ったりなんてしないだろう。

絵に描いた様な教師であるならば、誰よりも先に職員室か教室へと顔を出すだろう。



ほんのり苦い炭酸が、喉を駆け下りていく。


成人したばかりの頃は、この苦さが嫌いだった。

好んで、甘いジュースみたいなカクテルばかりを飲んでいた。


この苦さを美味しいと思える様になったのは、いつからだったか。



成人してから、かなり経った頃であるのは間違いない。

何年も経って、大人と呼ばれるのにも慣れてきて、ようやくこの味にも慣れたのだ。


今では、この苦味さえ堪らないと思う。

あんなに嫌いだったのに、慣れてしまえば好きになってしまうなんておかしなものだ。



飲んでいるうちに、ゆっくりとじんわりと、アルコールが体内に回ってくるのが分かる。


体が浮いていく様な、浮遊感。

アルコールが血と混じり、肉と混じり、体と馴染んでいく感じ。



(おつまみも、飯島先生から調達してくれば良かったなー。)


そんなことをぼんやり思いながら、空を見上げる。

真っ暗な夜空には、三日月が浮かんでいた。



「今日は、三日月か。」


どうせなら、満月の方が良かったな。

月見酒をするなら、満月の方がしっくり来るし。


文句を垂れ流しながら、見上げる月。


だけど、その月に惹き付けられる。

囚われる。



満月みたいに、丸くない。

真ん丸じゃなくて、欠けた月。


細くて、頼りなくて、折れそうで。

だけど、一生懸命に光ってる。


ここにいるよ。

ちゃんとここにいるんだよって、自己主張をしている。



自分を見ている様だと、そう思ってしまった。


この月は、私。

私みたいなんだと、思ってしまった。



だから、惹かれる。

目を奪われる。


満月みたいに、真ん丸になりたい。

幸せになりたい。


だけど、そう望んでも、なれない。

欠けてしまって、真ん丸には程遠い形。



完璧ではない、完璧なんかにはなれない自分を見ているみたいだった。

ただそこに浮かんでいるものに、虚しい自分を投影してしまっていた。



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