Crescent Moon



それなのに、ここで会ってしまうなんて。

今、この場所で会ってしまうだなんて。



「………別に。」


冷たくそう言い放ち、視線を三日月へと戻す。

空を見上げることで、視界の中からあの男の姿を消した。


その目が見れない。

その瞳に見つめられたなら、問いたくなってしまう。


そうすることを避けたかったんだ。



涙腺が緩んできてしまうのは、何故だろう。

悲しくなるのは、何故なのだろう。


悲しくなんてない。

泣きたくない。


この男の前でだけは、絶対。



悲しくなる理由なんて、ないじゃないか。


私と冴島は、何の関係もないのだから。

恋人でもなければ、友達ですらない。


ただの同僚。

同じ職場で働き、たまたま同じクラスを受け持っている。


それだけの関係。



溢れそうになる涙を必死に逃して、飲み込んで、空を見上げる。

くっきりと見えていたはずの三日月が、次第に歪んで、その形を変えていく。


逃げれば逃げるほど、追いたくなるのが、人の性なのか。

習性とも言えるのか。


あの男は、私の座るベンチへと忍び寄る。

深く関わりたくないと願うほど、あの男の、冴島の方から近付いてくる。


私の前に立つ冴島が、私の手元にゆるりと視線を向けて、こう言った。



「いいもん、持ってるね?」

「これは………」

「生徒には早く寝ろって言っておいて、月を見ながら酒を飲んでるなんてな。」

「他の先生………、飯島先生にもらったの!」

「ふーん。」

「今は業務時間中じゃないんだから、ちょっとくらい構わないでしょ?」


私の言葉は、誰が聞いても言い訳にしか聞こえないだろう。



普段ならばそれも通用するかもしれないけれど、今は宿泊学習の最中だ。

24時間、仕事をしている様なもの。


褒められることをしている訳ではないのだから、出てくる言葉も自然と言い訳めいたものになってしまう。

同じことをしている先生が他にもいるとは分かっていても、後ろめたい気分になる。


やっぱり、飯島先生からビールなんて、もらわない方が良かったのか。

遠慮しておけば良かったのか。



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