Crescent Moon



そんなことを考えた瞬間、私の手からビールの缶が一瞬にして消えてしまった。



「なっ………!」


子供みたいな、無邪気な笑みが浮かんだ直後だった。


素早い動作で私からビールの缶を奪い去った冴島が、自分の口の中に黄金色の液体を一気に流し込む。

綺麗に飲み込んで、ビールの缶がグシャッと、冴島の手の中でグシャリと潰れていく。



「ちょっと、それ、私のビール!!」


私の苦情なんて、冴島からしてみれば、大したことではないらしい。

悪びれる様子もなく、ニヤリと楽しそうに口元を拭う冴島。


ほんの少しだけ、滴り落ちたビールの水滴が、冴島の唇を濡らした。



「ごちそうさま。」


ごちそうさまって。


それ、あなたが飲んでたそのビール、私の物なんですが。

他人の物を奪っておいて、綺麗に飲み干しておいて、その言葉はないでしょうが。


腹立たしいのに、目を奪われる。

口元をサッと拭う仕草に、私の心臓がドクンと反応する。



きっと、気付いてなんかいない。


私が飲んでいたビールを、迷いなく飲み干してしまった冴島。

その行為が、間接キスに当たるだなんて、分かってなんかいないだろう。



別に、どうってことない。

間接キスなんか、大したことはない。


言い聞かせているのは、私だけだ。

きっと。



冴島とは、間接キス以上のことをしたじゃないか。

それ以上の、唇を直接触れ合わせるキスをしたじゃないか。


それが望んでいなかったことだったとしても、その事実は消えることはない。



大したことじゃない。

大したことじゃない。


それなのに、反応する体。


おかしいよ。



子供じゃない。

大人と呼べる年になって、もう8年も経つというのに、こんな行為でドキドキするなんて。


間接キスごときに、ときめいてしまうだなんて。



ほんと、調子が狂う。

いつもみたいに、強気でいられない。


この男の前では、嫌でも自分の無力さを実感してしまう。

いかに、自分が成長しきれてはいない、子供の様なものなのだと感じてしまうのだ。



大人であるはずの私が、少女だった頃の自分に戻っていく。



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