Crescent Moon
恋を知っていた頃の自分。
恋をしていた頃の自分に、どんどん戻っていくのを感じる。
小さなことにときめいて。
ちょっとしたことに戸惑って。
すぐに嬉しくなったり、恥ずかしくなったり、悲しくなったりして気持ちが簡単に上がったり下がったりを繰り返す。
缶ビールを飲み干した後も、冴島は私の隣から退こうとはしなかった。
すぐに立ち去ろうとすればそう出来るのに、そうしなかった。
昼間の騒がしさから解放された今、ここにあるのは闇。
静かな流れだけが、私と冴島の周りに存在する。
「………。」
「………。」
無言で、私と冴島は月を眺めていた。
闇の中に浮かぶ、欠けた月を見つめていた。
いつもならば、この時間が苦痛で仕方がなかったことだろう。
無言の空間に嫌気がさして、逃げ出してしまっていたかもしれない。
だけど、今日は嫌じゃない。
この言葉のない空間から、逃げ出してしまいたいとは思っていない。
どうしてだろう。
あんなに嫌っていた男と一緒にいることを、心地よく感じてしまう。
避けていた男から、逃げたいと思えなくなっている自分。
嫌いなのに。
大嫌いなのに。
嫌いなのに、惹かれてる。
避けていたはずなのに、一緒にいたいって、近くにいたいって思い始めている。
正反対の感情が生まれていることに気付き始めて、それに蓋をしたくてたまらない。
消せるものならば、消したくてしょうがない。
欠けた月を見上げて、独り言のように呟いた。
「月を見てたの。」
「………月?」
「そう、月。この月って、寂しいのかなって………そう思ってた。」
「月が寂しい?」
私の言葉に首を傾げるのが、視界の端に映る。
それは、当たり前の反応だった。
月は、物体だ。
そこに宿る感情はない。
存在はしているが、生きているとは言えない。
そんな物体を寂しいと思っているのかなんて、普通の人間ならば考えもしないだろう。
でも、そう思ってしまった。
そう感じてしまったのだ。
いつもは素直になれない私の、数少ない漏らしてしまった本音の言葉。