Crescent Moon
『週末』
2度目のキスは、優しいキスだった。
そっと触れるだけ、それだけのキスだった。
三日月の下、繰り返されるキス。
舌さえ交わらず、ほんのり濡れた感触だけを感じ取るだけのもの。
そこに、どんな感情があったのだろうか。
その行為に、どんな意味があったのだろうか。
ビールの味しかしない、苦いキスを何度も何度も繰り返す。
あの男に、冴島に、感情なんかなかったとしても。
何の意味も込められていないキスだったとしても、私は欲しかった。
その温もりがどうしても欲しかったから、ねだるようにそっと近付いて、その唇に自分の唇を重ね合わせていた。
あんなヤツ、大嫌いだった。
二重人格だし、性格だって悪い。
顔だけの男なんて、近寄りたくもないし、関わりたくないとさえ思っていた。
その爽やかそうに見える仮面を剥がしてやって、みんなに本性を見せ付けてやりたい。
本当は、こんな男なんだよ。
こんなに腹黒い男なのよって、教えてあげたかった。
そう思っていたのに、あの男の素の顔を、素の部分を受け入れ始めていたのはいつからだったのか。
嫌いだったのに、惹かれていた。
気が付けば、目で追っていた。
ただ、私はそれを認めたくなかった。
嫌いだったからこそ、真逆の感情を抱いてしまった自分から目を背けていたのだ。
今だって、出来ることなら認めたくなんかない。
別の人を好きになれるなら、他のことに夢中になれるのなら、きっとその方が私は幸せになれるだろう。
もう認めるしかない。
後戻り出来ないほど、私はあの悪魔に惹かれてしまった。
あの男が、冴島のことが好きなのだ。
私はきっと、まだほんの少ししか知らないのだろう。
冴島のこと。
あの男が、どういう人間なのかということ。
私が知っていることなんて、数えるくらいしかない。
見事なほどに、猫をかぶっていること。
私の前でだけは、素を見せてくれること。
新卒採用で、うちの学校に入ってきたこと。
あの男の人生の中の、わずかなことしか知らないのだ。
でもね、だからこそ、もっと知りたい。
知っていきたいと思う。