Crescent Moon
同じ場所で働く私と冴島は、何の用事がなくても、毎日顔を合わせることが出来る。
会いたいと願わなくても、仕事に行けば会えてしまうという環境。
ましてや、同じクラスの担任と副担任という間柄だ。
他の先生よりも、どうしても接点が多くなる。
努力をしなくても会えるということは、恋をする女にとっては願ってもなかなか叶わない、素晴らしい環境なのだろう。
三日月の下、繰り返されたキス。
触れるだけのキスを何度もしたあの夜から、1ヵ月近く経つ。
進展らしい進展は、何もなかった。
悔しいけれど、他人に言えるほどのドラマチックな出来事は起きやしなかった。
キスなんて、あれっきりだ。
そうそう簡単に口付けを許す軽い女ではないつもりだけど、触れ合うことが出来ないのは強がってはいても、やっぱり寂しい。
2人きりになることもなく、もどかしいくらいに私と冴島の距離は開いたままだ。
キスだけでは、何も変わらなかった。
唇を触れ合わせただけでは、私と冴島は同僚という関係から抜け出せなかったということだ。
期待していた訳じゃないけれど、もしかしたらとどこかで願っていたのかもしれない。
何かが変わってくれればいいと、他力本願なばかりで自分からは何も動けずにいる。
私だって、大人だ。
もうすぐ三十路になりかけている、28歳の大人の女。
人と比べたら多いのか、それとも少ないのかまでは分からないけれど、それなりに恋をして、それなりの人数と付き合ってきた。
人並みに恋愛経験はあるはずだと、そう思っている。
この先に進むには、どうすればいいのか。
私と冴島の関係を進展させるには、どう動けばいいのか。
私からアクションを起こせば、何かが変わるのか。
それとも、何も変えられないのか。
迷って、戸惑って、止まって、留まって、足踏みをして待っているだけ。
せっかくの週末だというのに、何の予定もない。
友達と遊ぶ予定がなければ、恋人がいない私はスケジュール表が真っ白になってしまう。
お一人様が気楽で良かったのなんて、20代の始めの頃だけだ。
虚しい週末を過ごす私の携帯電話が、珍しくブルッと震えた。