線香花火
終わりは突然に
 波の音が近付いては遠ざかる、そんな故郷にお正月ぶりに戻ってきた。両親に連絡をしたら「随分早い夏休みなんじゃない」という緩すぎる反応が返ってきて、それこそ申し訳なくなった。
 本当は夏休みなんかではなく、ただ、何も考えたくないがために取った休暇だ。現実から目を逸らすために、そして心の整理をするために。

「…別に、そこまで落ち込んでるわけでもない…のかもしれないけど。」

 涙の一つでも出れば、それこそ涙と一緒に流すことができたのかもしれないけれど、生憎自分の涙がそう簡単に出ないことを澪波(ミオハ)は知っていた。だから可愛くない。誰が何と言おうと女の武器は涙である。

「そういえば、あの子はいわゆる可愛いの典型だったっけ。」

 ぼんやりと思い出す、〝彼女〟の表情。ふわふわと軽くて明るい色の髪。いつもニコニコ笑っていて、あいつの前でだけ、少しだけ照れる。どうして気が付かなかったのか。自分はそれほど彼のことが好きじゃなかったのだろうか。
 何でも話せる=仲が良いというわけにはいかないのが、大人の恋愛というやつらしいと、25歳になって初めて澪波は知った。学生の頃の恋愛がガラクタに見えてくるくらいには難しい。いや、学生の頃の恋愛は、ガラクタではなかったのかもしれない。大人になればなるほど、素直になれなくなって、考えなければならないことがたくさんあって、ただの〝好き〟の気持ちだけではどうしようもなくなっていく。純度がなくなり、濁っていく。今の澪波にとっての大人の恋愛とはそんなイメージだ。

「濁ってたのは、私の目、ね。」

 濁っていた。クリアなガラスのような気持ちで恋していたのは、一体いつが最後なのかと振り返ってもすぐに思い出せないくらいには、きっと落ち込んでいる。落ち込んでいることにしておいてほしい。

 小林澪波(コバヤシミオハ)、25歳。会社勤めの事務職員。一昨日、居酒屋で好きな同期の男と飲みながら、今度結婚すると言われ、失恋が決定した哀れな独身女である。2週間の有給を、失恋帰省するために使った。

「…我ながら、かっこ悪い。」

 失恋は急にやってくる。二次元のヒロインが突然恋に落ちるのと同じような確率で。 
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