線香花火
「いつまで休みなの?」
「あと13日。」
「は?そんなに?」
「全然休まないから、余ってるのよ有休。」
「で、全部里帰り?」
「そう。」
「そっか。」
「…何したらいいかなぁ。」
「はい?」

 心底呆れた顔をされてしまう。こんな顔は多分聡太には生まれて初めてされる。
 見たくないもの、考えたくないものから逃げるようにここに来た。逃げる以外の理由を持たずに戻ってきたわけで、したいことなんて微塵もない。あと13日をどうやって過ごせばいいのか、途方にくれていたところでもある。それをこんなにもさらっと言えてしまうのは、聡太が思いの外、何でも言えるやつだからだと思う。
 ブーブーとスマートフォンが震える。着信だ。

「出ていいよ。俺のことは気にしないで。」
「ごめんね。」

 着信は職場の少し年上の上司からだった。

『小林さん。ごめんな、有休中に。』
「いえ、大丈夫です。」

 席から立って、店の外に出る。涼しい風が耳元を通り抜けていく。

『あのさ、近藤の結婚式が決まってさ、それの余興を若手でやろうと思うんだけど、小林さんもやれる?』

 逃げるためにここにきた、はずだった。それなのに、それを追いかけるかのようにまとわりつく。
 澪波はスマートフォンを持たない方の手をぎゅっと握りしめた。

「やりますよ~!詳細決まってるんですか?」
『いやまだー。何かネタあったら教えて。小林さんの有休明けに相談しよう。』
「いいですよ。じゃあ少し考えておきますね。」
「うん。よろしく!ではまた職場で。」
「はい。よろしくお願いします。」

 ツーツーという無機質な機械音が聞こえて、澪波はほっと胸を撫で下ろした。どうにか乗り越えた。自分の声はいつも通りだったはずだ。

「…きつ…何でよ…ほんと。」

 今、考えたくないからこそここに来たのに、ここに来てまでこうなるなんて、ここに来たこと自体が無意味だ。

「澪波。」
「…そ、うた…?」

 このタイミングで現れるなんて最悪だ。

「どうした、その顔…。」
「な、何が?さっきと同じ…。」
「に見えるだろうって思われてるなら、相当見くびられてるけど、俺。」
「見くびってなんか…。」
「…俺、ちゃんと見てたし、知ってるよ、澪波のこと。」

 やけにクリアに聞こえる聡太の声に、視界がぼやけてくる。これを見られるのはまずい。絶対に。
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