線香花火
「え…?」

 顔を隠したい。そのことで頭がいっぱいだった。そっと聡太に近寄ると、頭の少し上にある肩に額を寄せた。

「なに…?どうした?」
「…今、顔見られたくない。」
「なるほど。」
「肩、借りる。」
「どうぞ。」

 瞳を閉じると、静かに涙がこぼれ落ちた。ただ、それ以上は流れてこない。そこはきっと、ただの意地だ。
 再会してたったの一日でこの甘えようは、東京で頑張っていたときの自分とは違いすぎる。甘えている、という自覚はある。甘えさせてくれる人に甘えている、狡すぎる自分。

「…狡くてごめん。」
「狡いとか、思ってない。」

 抱き締めるでも、頭を撫でるでもなく、ただ肩を貸してくれる。それが今の澪波にとってはこの上もなく有り難いことだった。

「…あり、がと。」
「うん。」

 プライドなんて、どこかになくしてしまった。この場所では、どんどん素の自分に戻っていく。

* * *

(…震えてる。)

 思いの外細い肩が小刻みに震えている。

(…そう言えば、中学のときにも同じようなこと、あったっけ?)

 抱き締めることをしないのは、澪波にとってそうしてほしい相手が自分ではないからである。
 昔から周りよりもプライドの高いやつだった。そんな彼女がこんな風に弱くなっているということは、彼女がここに戻ってきた理由も自ずとわかってくる。

(…変わったのは、見た目だけなのかも。中身は昔のまま、だな。)

 負けず嫌いで、プライドが高くて、でもそのプライドに見合うくらいの努力家で。プライドゆえに自分の気持ちをすぐ押し殺す。今も、どうにか立て直そうとしている。

「急いでないから、いいよ、ゆっくりで。」
「ご、ごめん。あと30秒。」

 そう言って目をこする澪波。本当はその手を止めたかったけれど、それは彼女のプライドを傷付ける。

「もう大丈夫。早く食べちゃおう。せっかくの美味しいおつまみが冷めちゃう。」

 時間にすれば3分もないくらいの短さの中で、きっと辛いことはたくさんあったのだろう。ただ、それを聞くにはまだ早い。

「もうちょっと頼むか。」
「うん。焼き鳥が食べたい。」
「焼き鳥も旨いよ。」
「楽しみ!」

 完全な『小林澪波』に戻っていたわけではないけれど、それでも8割方元に戻っていた彼女を見つめていると、それこそ自分の方が苦しくなる気がした。
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