線香花火
* * *

「…なぁんであんたがつぶれちゃうのよ。」
「ごめんー、普通に飲みすぎた。」
「バカ。」
「…言い訳、できない。」

 澪波の右腕が聡太の背中に回る。聡太の足はふらふらだ。

「吐き気はないんだよね?」
「それは、大丈夫。」
「なら良かった。あんなに美味しかったご飯をもどしちゃうなんて、最低だもの。」
「澪波ちゃん…酔っぱらいにはもう少し優しくして。」
「いい大人が、自分の許容量を間違えるなんて恥ずかしい!」
「うーわ、それもごもっともすぎ。」

 背中に回した腕を緩めて様子を見ると、途端にふらふらするのだから困ったものだ。

「ちょっと!もうちょっとだから頑張って。」
「ごめん、澪波~。頑張る~!」
「この酔っぱらい。」

 しかし、本気で怒る気にはなれないのも事実だった。助かった。見ないふりをしてくれたこと。

「はいはい、聡太くん、到着ですよ。」
「んーあー家だー。」
「そうそう。鍵は持ってるの?」
「あるあるー。」
「はい、出して。」
「…澪波。」
「何よ?」

 玄関に右半身をもたれかけ、焦点も定まらないような虚ろな目が、澪波の動きを止めた。

「…偉いよ、お前。そんで、いい子いい子。」

 ポンと頭の上に乗った大きな手が、わしゃわしゃと澪波の髪を撫でる。今までに彼氏がいなかったわけではないが、こんな風に頭を撫でられたことは今だかつてない。

「ちょ、何言ってんのよ聡太!」
「…知ってるよ。泣けないこと。」
「っ…!」

 声色が変わって聞こえたのは、明らかに動揺していたからだろう。

「鍵出してちゃんと寝るんだよ!おやすみ!」

 言い逃げなのは百も承知で、澪波は聡太に背を向けた。

(っ、あーもう!やめてよ!せっかく止めたんだから!)

 そんなこと、言わないでほしい。ただでさえ、一度緩んだ心を戻すのは大変だったのに、そんなことを言われては、鼻の奥が痛くならないはずがない。

「止めたのにっ…!バカっ…!」

 今日一番の恩人に、感謝よりも先に暴言を吐いた。今度の涙はさっきよりもおさまりそうにない。
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