線香花火
線香花火
* * *

「夜分遅くにすみません。小林澪波です。聡太さんはご在宅で…」
『堅すぎ。今行くからちょい待ち。』

 堅すぎと言われても、フラットになどいけない。

「日曜にしようかと思ったんだけど、平日が仕事なら日曜は休みたいかなって。」

 先に言い訳の一つ目を言ってしまうところがなんというか、可愛くない。

「確かに。でもそんなに気をつかわなくても大丈夫だよ。澪波と会うことは負担じゃないから。」

 そんなことをさらっと言いのけるタイプが同期だったことを思い出す。冷静に考えれば聡太に彼女がいたっておかしくはない。

「…どうした?」
「なんでもない。」
「そう?じゃ、とりあえず行くか。」
「え?お詫び、何かくれるんじゃないの?」
「まぁ、やるけど。でも場所はここよりももっと良いとこあるから。」
「…わかった。」

 距離を一定に保ちながら歩く。最後に会ってから少し時間が経っているのに、なんだか胸が落ち着かない。

「仕事、忙しかった?」
「忙しいというよりはむしろ、暑かった。今週暑かったよな?いつもは7月、もう少し涼しいんだけど。」
「まぁ、暑かったけど…でも東京に比べたらマシだから。」
「あーそっか。これでも涼しいのか。異動不安だな。」
「異動って東京なの?」
「本社に異動するって言わなかったっけ?」
「それは聞いたけど本社が東京って聞いてない!」

 異動は聞いた。だが、本社の所在までは知らない。そもそも社名だって知らないのだ。

「俺も来年からは東京。」
「おお、それはびっくり。」
「澪波んちの隣は空いてる?」
「空いてない。」
「それは残念。知り合いが近くにいた方が安心だなって思ったのにな。」
「それ、由起子ちゃん知ってるの?」
「なんでゆっこ?」
「だって可愛がってるんでしょう?」
「んーまぁね。だからまだ言えない。」
「え?」

 聡太の目が少しだけ遠くを見つめる。

「…ゆっこが泣くの、嫌だなぁ。」
「…そうね。泣き顔なんて、基本は見たくない。」

 泣きたくなんてないのだ。基本的には。それなのにコントロールできないのだから厄介である。
 それから目的の場所に着くまでは、どちらからも口を開くことはなかった。
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