線香花火
「…海…?」
「そう、到着。」
「なんで海?」
「これ。」

 スーパーの袋に無造作に入っていたそれは……。

「線香花火、お前好きだったよな?」

 うん。好きだった。小さい頃によくやった。家族とも、聡太の家族とも。

「好き…、好き、だった……。」

 好きだって、言えば良かった。よくある青春の1ページだ。相手に彼女がいようが、好きな人がいようが、伝えればすっきりする。それは確かにそうだろう。でも…

「…できないよ……、できなかったよ、私には……。」
「澪波…?」
「…聡太になら、……線香花火になら、言えるのに。」

 言えない。言えなかった。『好き』の二文字はあまりにも重すぎた。痛手を負うとわかっていて、形振り構わずに気持ちだけを盾に攻めていける年じゃない。もう、傷は痛い。

「澪波…。」
「えっ…?」

 右腕を引かれてそのまま、薄そうでそうじゃない胸に抱きとめられた。両腕が背中に回って、優しい温度が全身を包む。

「聡太っ…はな、しっ…。」
「抱き締めてほしいやつが俺じゃないって知ってるよ。だからこの前も昔も、抱き締め返さなかった。でも、今はこうしないとお前、泣けないだろ?」
「っ…やめて…よ……。」

 優しさが甘すぎて、苦しい。
 やっぱり昔も、同じようなことがあった。あの時借りた胸はこうじゃなかった。

「…見られたくないってのも知ってる。だから、離さない。とりあえず泣け。全部出しきったら離す。」
「…絶対、顔見ない?」
「澪波が嫌なことはしない。今までだってしたことない。」
「…すごい、自信。」
「だから安心して泣いていい。辛いときはちゃんと泣いていいんだよ、澪波。」

 泣いていい、だなんてもしかしたら生まれて初めて言われたかもしれない。きっと、許可されて泣くものでもないとは思うけれど、今はただ純粋にその許可が枷を外してくれる。

「…じゃあ、泣く。じ、かんっ…かかる、から。」
「いいよ。そのつもりで来たから。」
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