線香花火
「っ…うぅ…。…っく…。」
「……。」

 背中に回っていたはずの腕は、いつの間にか優しく後頭部を撫でてくれている。

「言えなかったよ……私……。」
「うん。」
「ちゃんと好き、…だったのに…。」
「うん。」

 呼吸が苦しい。視界はぐちゃぐちゃだ。おまけに聡太のシャツまでぐちゃぐちゃにしてしまった。
 
 ひとしきり泣いて、ようやく涙がおさまってきた。

「…ありがとう、ごめん。もう大丈夫。」
「わかった。じゃあ離す。あと後ろ向くから、大丈夫になったら言って。」
「…もう大丈夫。もう今更どんな顔見られたっていいよ、聡太なら。」
「…それって特別扱いなのか、見くびられているのか理解に苦しむところだよ。」
「だから、見くびってはないってば。ていうかほんと酷い顔だから覚悟してよ?」
「大丈夫。多分その顔、知ってるから。」

 澪波はゆっくり顔を上げた。目の前の聡太は微笑んでいる。

「…それ、前にも見た顔。澪波は昔から変わらないな。」
「…聡太は逆。すごく変わったよ。」
「そうかな。自分じゃよくわからないけど。まぁいいや。それよりせっかく澪波が泣き止んだんだから、線香花火、しよう。」
「…そうね。そういう話だったもんね。」
「はい、まずは1本。」
「ありがと。」

 蝋燭を大きな缶のケースに立てて、火をつける。

「先にいいよ。」
「ありがと。」

 ゆっくり火をつけるとパチ、パチっと火花が散る。小さくて大きな火花に変わっていく。

「…久しぶりにやるよ、線香花火。」
「確かに一人暮らしならやれないな。」
「好き、なんだけどなぁ。」
「俺も好き。」

 へへっという、幼い笑い。なんだかこの方が落ち着く。
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