線香花火
* * *

「ごめんな、片付け手伝わせちゃって。」
「ううん。美味しいご飯出してもらったのに片付けないって方が無理。」
「助かるよ。というか勝手な家族でごめん。もう多分寝てると思う。」
「仕方ないよ。もう11時過ぎてるし。うちの両親だってもう寝てる時間だもん。」
「そうだよな。…よしっ、終わり。」
「お皿、このままでいいの?」
「明日起きたら乾いてるよ。それよりも…。」

 すっと背後から回った腕が優しく身体を抱き寄せる。背中から直に伝わる体温が優しい。

「…聡太?」

 回った腕に自分の手を重ねて、名前を呼んだ。気が付けば、肩に乗った頭が小さく呼吸をする音が聞こえる。

「やっぱり欲しいんだけど、澪波のこと。」
「それ、キッチンで言う台詞じゃないと思うんだけど。」
「シチュエーション考えられるほど冷静じゃない。」
「…じゃあ場所を変えよう?」
「それって本格的に止まれなくなるけどいいの?」
「…ここで暴走されるよりはマシ。」

 手が引かれるままについて行く。…どこまで本気なのかはわからない。それでも、あの焦った声に嘘が見えない以上、ある程度は覚悟が必要なのだと思う。
 向かった先は、聡太の部屋だった。ドアを開けると聡太の香りがぐっと増した。デスクとパソコン、ベッド、大きな本棚以外は何もないようなシンプルな部屋だ。
 座るところをどこにしようか、視線を彷徨わせているとまたしても背後から腕が回った。

「…寂しそうな声、出さないでよ。」

 耳元で聞こえた声。…おそらくは自分にだけ聞こえた声。その声は微かに震えていた。

「だって寂しいし。明日仕事入っちゃったから見送り行けないし。次会えるのいつかわかんないし。」
「…女子みたい。」
「澪波が強すぎるだろ。寂しくないの?」
「…私には色んな事が充分過ぎるよ。」

 聡太の腕にもう一度手をあてる。充分過ぎる。何もかも。これ以上を望むなんてこと、むしろできない。
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