線香花火
「どういう意味?」
「聡太のおかげで落ち着いてるもん。…まぁ実際職場に戻って祝福ムード全開だと思うから、それを見て平気でいられるかは…絶対にとは言えないけど、それでも少なくとも、本人たちの前で泣いちゃうようなヘマをしないくらいには冷静だと思うよ。…冷静になれたと、思う。」
「…俺だけ冷静になれないってわけ?」
「聡太はいつでも冷静だと思うけど。」
「なにそれ。だから我慢しろって?」
「…ううん。我慢しろなんて言うつもりないよ。」

 そっと聡太の腕の中で向きを変えて、その頬に手をあてる。ちょっとだけ気まずそうな顔をした聡太と、少しずつ視線を合わせていく。丁度視線が合ったところで背伸びをして、自分から唇を重ねた。

「…聡太がいてくれるって思えば、多分泣かないでいられるよ、私。」
「その上目遣いと今のキスでストッパーぶっ壊れた。」
「じゃああと30秒だけストッパー壊れたままでいいから聞いて。」
「…わかった。」
「ねぇ、本当にしたいの?」
「うん。」

 即答ときたものだ。おまけに真顔。

「後悔しない?」
「どうして後悔する?澪波は嫌なの?」
「…嫌、じゃない…けど、今の状況だと歓迎はしたくない、かな。」
「なんで?」
「汗でべとべとだから。」
「そんなの別に結局最後は汗でべとべとじゃん。」
「どんだけだよ!どんだけデリカシーないんだあんたは!」
「そんなおキレイなもんじゃないだろ、欲しいって思うこと自体。というか…。」
「っ、きゃあ!」

 ふわりと浮きあがった身体。不安定な状況に思わず聡太の首にしがみつく。大した距離ではないけれど、お姫様かのように柔らかく抱き上げられ、そっとベッドの上に下ろされる。ギシと軋む音は、今まさに自分に覆い被さる聡太が鳴らしたものだ。

「30秒経った。もう待ちたくない。澪波、どうする?逃げるなら今だけど。」

 完全にオスの顔をした聡太が目の前にいる。時の流れは残酷だ。脳裏には幼くて可愛かった頃の顔だって浮かぶというのに。目の前のそれはそうじゃないのだから。

「…わかった、降参。でもせめてお風呂…んっ…!」

 性急に重ねられた唇に呼吸する余裕がない。触れるだけのキスだけではいてくれない。

「一緒に入るならいいけど?」
「それは無理!」
「同じことなのにー。」

 能天気な声とは裏腹な聡太の動き全てに翻弄されて落ちていくのは、あまりにも早かった。
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