線香花火
「ご飯より先にプレゼントあげる。」

 聡太が小さなショルダーバックから取り出したのは小箱だ。これはドラマや映画でも見たことがある。自ずとそれが何を意味するのかわかって、瞼が熱い。鼻の奥まで熱くなってきた。

「ちょっ…待って。私…。」
「感激泣きなら嬉しいんだけど。」
「そ、うなんだ…けどっ…ちょっと待って。」
「やだー。」
「無理無理!」
「俺も無理。だから約束の指輪。」

 左手の薬指、長いこと何もつけていなかったその場所に何の装飾もないシンプルなシルバーの指輪が輝く。瞬きをすると、頬を涙が流れ落ちる。そのおかげで視界はクリアになった。

「…プロポーズはまた別でするから、今はこのまま聞いて?」
「…うん。」

 聡太の指が、澪波の薬指を撫でる。そして、指輪に触れた。

「俺は一緒に過ごしてきた15年分の澪波と、再会してからの澪波しか知らない。空白はあるけど、それでも今こうして一緒にいることを大事に思う。…結婚する気は、俺の方にはちゃんとあるから。だからそんなに不安そうな顔しないでほしい。澪波が俺を嫌がらない限りはずっと、一緒にいたいって思ってるよ。」
「…ほんとに?」
「ほんとに。」
「私の先を歩いて行っちゃったりしない?」
「俺が澪波の先を歩いたことなんてあるかなぁ。昔っから成績で勝てたこととかないと思うんだけど。」
「…そういう意味じゃない。」
「わかってるよ。俺は澪波を置いてどこにもいかない。隣を歩く。」
「…約束。」
「うん。約束。」

 そのままそっと抱き寄せられる。見つめ合えば、額がゆっくりと重なった。

「…不安、なくなった?」
「…ごめんね、面倒な女で。」
「大丈夫。澪波はわかりやすいから。」
「それ、褒めてないよね?」
「褒めてるよ。あ、そうだ。澪波も指輪、はめて?」

 少し離れて、聡太からもう一つの小箱を受け取る。そこにはサイズ違いのシルバーの指輪が光っている。少し震える手でそれをはずし、聡太の手をとってゆっくりと左手の薬指に指輪をはめた。

「おそろい。嬉しいね。」
「うん。…聡太。」
「んー?」
「…ありがとう。」
「どういたしまして。」

 にっこりと微笑む聡太を目の前にすると、色々なことを考え過ぎて勝手に不安になっていた自分が酷く幼く感じられる。どれだけ子どもっぽいことを言っていたのだと、自分にがっかりもする。冷静に考えれば、昔の澪波だったならばこんな子どもっぽい気持ちは絶対に相手に伝えることは無かった。不安を押し殺して、見ないふりをして、いつの間にか疲れ果てて、『さよなら』した。
 でも聡太は違う。澪波の些細な変化に気付き、不安を解消してくれようとする。幼稚で身勝手な自分を受け止めてくれる。それがどれだけ心地良いか、きっと聡太は知らないのだろうなとも思う。
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