線香花火
* * *

 学年室なるところにたどり着いた。電気はついていないが、まだ電気をつけなくてはならないような暗さではない。ノックは必要だと思って、2回ドアを叩く。

(…無反応…ってことは誰もいない、か。じゃあ資料置いておけばいいか。)

 そう思ってドアを開けると、そこには澪波がいた。

「え…?」
「っ…な…なんで…っ…。」

 久しぶりに目と目を合わせて会話をする澪波は泣いていた。床に落ちた、可愛らしいラッピングの袋。机の上にある、ビリビリに破られた便箋。こういう時、自分の察しの良さに嘘がつけなくて困る。
 目をごしごしと擦る澪波の手を引いたのは、反射のようなものだった。

「目、こすんのよくない。目を傷つけるよ。」
「っ…でも、…だ、誰にも見られたく…なくて…。」

 完璧な小林澪波はそこにはいなかった。少なくとも、聡太にはそう見えた。でも、これこそが聡太の知っている澪波だった。人前では決して弱音を吐かない。強く、美しく、凜とある。しかし、鋼の心などではない。昔から、人前では泣かない。泣きたいようなことがあったとしても。

 引いた手に力を込めた。いとも簡単に自分の胸の中に収まる澪波を見て、自分の身体が澪波よりも大きくなったことを初めて感じた。小さい頃から一緒にいた。当たり前のように。澪波の方が身長が高くて、小学校を卒業する頃にようやく身長が追い付いた。それが今では、澪波の頭頂部が見えるくらいには追い越してしまっている。
 小林澪波は、いつの間にか自分よりも小さくなっていた。そんな彼女は、小さい頃と同じように、声を押し殺しながら泣いている。

「そう…。」
「見てないよ。昔っからその癖、治んないね。いいよ、見ないよ。だから泣けばいいじゃん、澪波。」

 抱きしめることをしなかったのは、抱きしめてほしい相手が自分ではないとわかっていたからだった。抱きしめてほしい相手に、何らかの理由で想いを伝えられなかった。もしくはその想いが叶わなかった。それに心を痛めて、目の前の澪波は静かに泣いている。今はそれだけわかれば十分だった。 
 優しく香る、澪波の家の匂い。昔はよくこの匂いに包まれていた気がする。懐かしさが急に蘇ってきて、初めての感情が込み上げる。他の誰にも感じたことのない、心拍数の上がる想い。
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