線香花火
 右手で部屋の鍵を閉めた。

「電気もつけてないし、どうせ澪波は声あげて泣くとかできないし、鍵も閉めたし、思う存分泣けるよ。落ち着くまでいるし。」
「…じゃあ、甘える。」
「うん。」

 二人きりの時だけは、甘えてくれた。そんな過去を思い出す。少し拗ねた顔も、ちょっとした不満も、時々しか見せてくれなかった。あんなに近くにいたのは当たり前なんかじゃ、もうない。それでも、重ねた歳月は確実に二人の間にあると感じられることが今はただ嬉しかった。
 澪波はしばらく静かに泣いて、そしてそっと聡太の胸を離れた。バツが悪そうに視線を泳がせる澪波も変わっていなくてほっとした。

「あ、これを渡すために来たんだ。」
 澪波に書類を手渡した。

「…あ、やっときた。聡太に仕事、押し付けるなんてひどい。」

 正義感の強いところは、いつもの小林澪波だ。時々声がひっくり返りそうになるのは、まだ落ち着いてない証拠だ。

「俺、正直あの委員長苦手。」
「私も困ってるんだ、結構。でも仕事は仕事、きっちりやるよ。」

『頑張りすぎるなよ』
その言葉は飲み込んだ。多分、もうそんなことを言っていい立場に、自分はいない。

「んじゃ、帰るわ。あんま遅くなるなよ。」
「うん!…ありがとう、聡太が今日いてくれてよかった。」

 精一杯の笑顔だと、すぐにわかった。ドクンと血が逆流したのかと思うくらいに身体の中で異常事態が起こったことだけはよくわかった。
 ドアを閉め、誰もいない廊下を一人で歩く。時間にすれば15分ほど。あの時間で、どれだけ目まぐるしく思考を巡らせたのだろうか。

「…なんっだ最後の…。あんな顔するやつだったっけ?」

 澪波がそういう顔をするようになったのか、それとも聡太の目がおかしくなったのかはこの時の聡太にはもちろんわからなかった。
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