花の名は、ダリア
Ⅹ
水を張ったたらいに足を浸して。
団扇を片手に持って。
植木屋の離れにある縁側に腰掛けたバーサンは、ボンヤリと庭の鉢植えを眺めていた。
静かだ。
あまりに静かだ。
あの人が毎日見ていた光景は、こんなにも静寂に満ちていたのか。
行方不明だった女たちが一斉に戻ってきて大騒ぎになってから、十日が経っていた。
重い腰を上げた官軍が調べに入った時には、誘拐犯のアジトだという廃寺は既にもぬけの殻。
無造作に埋められた大勢の被害者は発見されたが、散り散りに逃げたと思われる犯人たちは未だ見つからず。
女たちが口々に訴えた
『バケモノvsバケモノのガチバトル』
も、
『集団妄想、乙』
の一言で片付けられた。
ダレかー
官軍のヤル気スイッチ押したげてー
バーサンの孫も、あの日、子犬と共に帰ってきた。
家族揃って狂喜乱舞して、抱き合って号泣して、赤飯まで炊いちゃって。
多少落ち着いた頃、お帰り祭りのご馳走を口いっぱいに頬張った孫が楽しそうに言った言葉を聞いたバーサンは…
箸を放り投げて家を飛び出した。
家族が止めるのも聞かず、走って、走って、まだ官軍が入る前の廃寺に行ってみた。
いない。
走って、走って、来た道を戻り、この離れにも駆け込んだ。
いない…