花の名は、ダリア
Ⅱ
カタン…
障子の向こうで、微かな物音。
長年、死地に身を置いて鍛え上げた鋭敏な感覚が、ソージに覚醒を促した。
(なんだ?)
体内時計は、今は丑の刻だと告げている。
つまり午前二時くらい。
夜中じゃん。
まじで、なんだ?
こんな時間に。
昼間の猫が戻って来ちゃったの?
ポチャン…
カラカラ…
またも、微かな物音。
ソージは素早く身を起こし、枕元にあった刀を掴んだ。
あれは井戸に釣瓶を落とした音。
そして、水を汲み上げる滑車の音。
最初に聞こえたのは、井戸の蓋を開けた音ってわけだ。
猫であるはずがない。
泥棒か…
重い身体で、出来得る限り音を立てないように障子に寄り、細い隙間から外の様子を窺う。
いた。
黒い人影が。
どうやら一人のようだ。
その上こちらに背を向けて、カラカラと釣瓶を引き上げ続けている。
世話になっている植木屋の主人のためにも、放っておくわけにはいかない。
ソージは勢いよく障子を開け放ち、縁側に片足を踏み出した。