花の名は、ダリア
もちろん逃亡は容易ではなかった。
武器を持った大勢の兵士たちに追われる上に、それまでの食うや食わずの過酷な潜伏生活により、二人の体力はもう尽きかけていたのだ。
だからデボラは、ヨシュアに言った。
別々に逃げよう、と。
どちらか片方でも逃げ延びれば、きっと妙な手術もできないから、と。
逃げた片方が捕まらない限り、もう片方も生きていられるから、と。
デボラの提案に、ヨシュアは渋々頷いた。
だが、それは間違いだったと、今のヨシュアは痛感している。
デボラは被収容者や物資を運ぶために敷かれた、汽車の線路がある方向に逃げる。
ヨシュアはそれと真逆の、森の方向に逃げる。
そう決めた途端、デボラは駆け出した。
彼らを捜す兵士たちの目に触れやすいように、道のド真ん中を。
囚人棟の壁に沿って走りながら、振り返ったヨシュアは見た。
大勢の追っ手を引き連れて疾走する、デボラの背中を。
そして聞いた。
『線路よ、ヨシュア!
線路を真っ直ぐ走れば、帰れるわ!』
と叫ぶ、デボラの声を。
彼女には初めから、逃げる気などなかったのだ。
自分のみに追跡を集中させ、しかも逆方向に兵士を誘導し、ヨシュアだけを逃がそうとしていたのだ。
我が身を犠牲にして。