花の名は、ダリア
「大丈夫、こんなの怖くない。
だってあの人は、私たちのために怒っているンだわ。」
(コワクナイ…)
デボラの言葉が呼び水となり、夕暮れの森の光景がヨシュアの脳裏に蘇る。
『ヨシュアは私がコワくないンでしょう?』
ハっと息を飲んで辺りに視線を走らせたヨシュアは…
気づいた。
部屋の扉付近だけ、赤い霧に覆われていないコトを。
冷静にすべきコトをする時は、今だ。
ヨシュアはデボラの手を掴み、扉に向かって駆け出した。
けれどもすぐに阻まれる。
デボラの腰に、兵士の腕が回される。
捕獲のための捕獲ではなく、恐怖から身を守る盾とするべく捕獲されたようだが、それでも逃亡を阻止されたことに変わりはない。
デボラはヨシュアの手を振り払おうとした。
また、一人で逃げろと言うの…?
ヨシュアが絶望に顔を歪めた瞬間、ゴキゴキっという怖気立つような不快な音が鳴って、デボラの身体は解放された。
眼差しを向ければ、ダリア。
あり得ない方向に腕が捩曲がった兵士を抱き、その首筋に牙を突き立てるダリア。
でもね?
それでも怖くない。
自分たちとは違う、赤い世界の住人であって尚、彼女は幻想のように儚く美しい。
ヨシュアは赤の中に輝くペールブルーを強く見つめてから、再び駆け出した。
今度こそ、デボラと一緒に自由になるために。