*とある神社の一人ぼっちな狐さんとの、ひと夏の恋物語*
消えた温もり
帰りの電車。
窓から夕陽を眺めていた。
狐さんから抱きしめられた、腕の感覚と体温を思い出して、頬が綻ぶ。
どこかむずがゆくて、でもそれが嬉しくて、”好き”と言われているわけではないはずなのに、”大切”だと言われたような、そんな勘違いかもしれない想いが湧いて、胸の奥底が温かくなる。
高鳴る心臓に改めて恋心を実感する。
私の降りる駅につくと、
ポツポツと小雨が降りだした。
夕日はすっかり沈み、
分厚い雨雲のせいで、
世界が一段と暗くなっていた。
「嫌な天気だなぁ。」
そう呟きながら、
駅のホームの椅子に腰かける。
今日は傘を持っていなかったので、
お母さんに迎えに来てもらおう。
そう思って、鞄から携帯を出す。
連絡先から”お母さん”の表示を押して、携帯を耳元に当てる。
プルルルル、と耳元でなるその音。
「あれ?つながらない・・・。
まだ仕事中なのかな。」
不思議に思い、もう一度かけてみるがつながらない。
「・・・走ればいいか。」
諦めて、すでに本降りになった雨の中を駆ける。
住宅街の中を猛ダッシュしていると、前の方から騒がしい声が聞こえた。
何事かと顔を上げて見ると、ぼんやりと、赤い物と黒い煙が見えた。
「え・・・?」
それが何か分かった時には、
自然と足が止まっていた。
「嘘・・・でしょ・・・」
次第に足に力が入らなくなり、ガタガタと全身に震えが襲う。
口に手を当てて、出ない声を抑える。
そのうち立っているのも辛くなり、片足が崩れた。
それと同時にその場にしゃがみこむ。
一度涙で濡れたスカートが、雨に濡れて更に濡れる。
不思議と涙は出なかった。
私の目の前にあったのは、
燃えている私の住むアパート。
その中から飛び出してきたらしい住人達。
そこにお母さんの姿はなかった。
「朱里ちゃん・・・!?」
その声に震える顔を上げる。
そこには青白い顔をした、
お隣に住むおばさんがいて。
「お母さんは・・・?」
やっとのことで出た、
そのか細い声。
それを聞いたおばさんの目から涙があふれる。
「208号室の、お子さんを助けにあのアパートに入ったっきりで・・・。」
そういいながらアパートを見る。
「お母さんっ・・・!」
「朱里ちゃん!」
走り出そうとした私の腕を、
力強くつかむおばさん。
「お母さんを、信じよう?」
そう言ってまた泣き出した。
少しして、中に入っていたらしい消防員さんが出てきた。
その背中にお母さんと、腕の中に208号室の子供がいた。
ぐったりと項垂れたその姿を見て、私は震える足で駆け寄っていた。
「消防員さん、お母さんは・・・お母さんは大丈夫なんですか?!」
「きっと、・・・大丈夫だ。」
そう言いながら唇をかみしめるその人は、救急車にお母さんとその子を乗せた。
「身内の方は、一緒に来てください!」
私はあわててその救急車に乗り込む。
発進したその救急車の中で、
ギュッと握ったお母さんの手は、
力がまるで入っていなかった。
その時感じた”温もり”は、
二度と感じることはなかった。