ハンドメイド マーメイド
 


一瞬、吸い寄せられそうになった。

手を伸ばしたくなった。


「……人魚」

「人魚姫とか、ぴったりですよね。こんなきれいな鱗だったら」


……彼は。
こんなふうに笑う人だったんだ。

今まで同じ空間にいても話したことなんてなくて、泳ぐ姿や、部員仲間と話している姿だけは、毎日目にしていたけれど。
知らなかった。


「そうだね。いいね、人魚姫の鱗」


彼は、こんなに、きれいな人。






水泳部、という集団の中で毎日泳いでいても、なんとなく私はたったひとりで水中を進んでいるような気がしていた。

部活動中、誰かと話すことなんてほとんどない。聞こえてくる音も、目に見える景色も、いつの間にかするすると意識の向こうへ遠ざかってしまう。


呼吸を忘れて。
言葉も忘れて。

ただ、前へ前へと腕を伸ばして。掴み取れない水の流れを、全身で受け止めて。そしていつしか、寄り添うように身を任せて。

どこに行き着くかなんてわからない。
目標なんてものもない。

ただ、水に触れていたくて。




それから、クロールとバックでゆっくり100メートルを5本ずつ、その後に飛び込みを何本か。普段のメニューをこなさなくていい分、たっぷり時間をかけて好きなように泳いだ。

プールサイドの屋根付きベンチに腰かけ一息ついていると、メドレーを一通り終えた彼がコースロープをくぐりながらこちらへ泳いできた。水から上がりキャップとゴーグルを外して、お疲れさまです、と私の隣に腰を下ろす。


 
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