今、欲しいのは暗闇だけ。
私の手にチケットを押し付け、さっさと歩く篠田のあとを追う。
懐かしいオデオン座の待合室。
照明は暗め。
くすんだ赤いジュータンに、深緑色のビロード張りのソファ。
「エデンの東」とか「風と共に去りぬ」とか名画ポスターが飾られている。
半端なく重いドアを開けてシアターに入ると、中はそんなに広くない。こじんまり。
真ん中の中央の席を陣取った。
クッションの効いてないシートに座ると、子供の頃の記憶が蘇ってきた。
そうそう。こんな感じだった。
篠田も、この映画館に思い出があった。
両親が共働きで、祖父母の家で過ごすことが多かった篠田は、おじいちゃんに連れられて、寅さんや釣りバカを観にここに来たんだって。
「もしかしたら、会ってたかもしれないね」
「…」
「どうかした?」
「なんでさ、1コ開けて座る必要がある?」
「…いや。ガラッガラで人いないから」
「あのなー…不自然過ぎんだろ。こっちに座れよ」
はいはい、と言って篠田の隣に座ると、なぜか心地良さが増した。
毎日顔を合わせているのに、篠田の顔をこんなに至近距離で見るの初めてだ。
無駄に可愛い二重の目してる。
肌、私より綺麗だな。
洗顔料、何、使ってるんだろ…