ためらうよりも、早く。
意地悪そうな声音で横やりが入ったため、苛立ち少々でその手を止めることに。
不満そのままに顔を上げると、向かい側の席に座る男はグラスを手にしているところ。
「言葉の通りよ。ここは家族か友人としか来ないもの」
かつて父も、家族か古くからの友人としか訪れないと言っていた。
味は抜群でスタッフ教育も行き届いたお店だが、仕事関係の方を連れてきたくない気持ちはよく分かる。
安らげるところまで仕事を持ち込みたくない、この考えはどうやら同じらしい。
「俺と食事しててよく言うな」
皮肉を込めた目の前の男のひと言に、珍しく納得するのも当然。
こだわりを持っているのなら、大事な店の個室でそぐわない行為をすべきじゃなかった。
先ほどまでキスをしていたとは思えないほど、どちらも黙々と料理を味わっている私と祐史。
キスを終えて立ち去るほど純情でもない。お互いよくキスのみで留められたとは思う。あの時、ドアをノックされなければ……。
ただ、衝動的なモノに負けるような年齢ではないし、それが無粋ともよく分かっているから淡々と切り替えられてしまう。
「今日は連行されて来たから、この時間はノー・カウントよ。利己主義だもの」
「なるほどね」
——そう、本音を確かめる意味のない相手に、期待をする方が愚かだと。