ためらうよりも、早く。
でも、正直には言えなくて。「幸せより、平穏無事な日々を望んだのよ」と笑うに留めた。
——私が本当に欲しいものは、どんなに足掻いてみても手に入らないのよ。
こんな子どもじみた戯れ言、……たとえ独り言でも口に出来ないから。
途端に舞い戻ってくる焦燥感。チリチリとした痛みは、今まで関係に甘えてきた報い。
これを真摯に受け止めて初めて、本当に別れを受け入れた証となるのだろう。
「もう……、帰ろうかしら」
ポツリと呟けば、この虚しい独り言は中空を舞うかのように消えて行く。
せっかく無心で取り組めていたのに、夜の帳に負けてイラナイことを考えてしまった。
ああ、駄目だ駄目だ。目の奥に生じた痛みは疲れのせいと決め込み、邪な感情を追い払ってしまう。
深呼吸をしてマグカップを置き、PCをシャット・ダウンしようとマウスを手にしたその瞬間。
コンコン、と専務室の扉をノックする音が淡々と響く。