ためらうよりも、早く。
“水橋さん、忘れ物かしら?”と思いながら、「どうぞ」という常套句をドアの向こうに返した。
手を止めてそちらに視線を向けると、すぐさまカチャリと重厚な扉の開く音が深夜の静けさに乗せて届く。
訪ねてきた張本人が入室した直後、ドアは再びその人物によってきっちり閉じられる。
私は一連の動作を凝視したまま、呼吸することさえ忘れて固まっていた。
その間にこちらに向かって、ツカツカと突き進んで来た相手。
そして広々としたブラウン色のデスクを挟んで、目の前に立った人物はピタリとその歩みを止めてこちらを見下ろしている。
「……ど、ど、うしたの?」
座ったままで見上げると、視線が重なった。今の私は、きっと間抜けな表情をしているだろう。
「それはコッチの台詞」