ためらうよりも、早く。
ひたすら項垂れている男は意気消沈。諦めたように視線を外した私だけれど、ふふっと笑って続けた。
「今までの仕打ちを鑑みて、あのビンタ一発なんて割に遭わないけれど、今回はパンチは止めとくわ。……次は容赦しないわよ。
ただ私たちって、お互いさまなのよねー。だったら、どこかの地点で妥協も必要でしょう?」
敢えて尋ねれば、案の定そこでバッと顔を上げた男。目の前に立った私は彼の顎を持つと、クイっと上を向かせた。
まさに目と鼻の先。ギリギリ触れるか触れないかの距離で、苦い顔をする祐史を見つめながら口を開いた。
「そもそもね、婚約早々、周囲にDV疑惑を持たれるのは本気でアリエナイわ。
今日はこれで穏便に済ませるんだから、“優しい柚ちゃん”に感謝しなさい。
さて——ヘタレ少年、いえオジサン思考の祐史くん、ご意見をどうぞ?」
敢えて優位に立ち、見下げたものの言い方をして微笑む。
すると、男の視線が驚きに満ちているのが間近に見られて非情に面白い。
「あー、すいません。でもね、だからあれこれ言いたくなかったんだよ」
「へえ、言わないことが美徳?そんな日本人のヘタレ根性くそくらえよ」
「あの柚希ちゃん?ちょっとばかりお口が悪いような」
「は?誰のお陰で“こうなった”と思うの?」
「いや、俺ですね、はい。……でも、柚ちゃん。——婚約ってほんと?良いの?」