ためらうよりも、早く。


履き慣れるまでに時間を要するハイヒールですら、この男を追い抜くにはまだ高さが足りない。


それに、今日も昔と変わらない爽やかな香りを纏って、私に微笑みかけてくる男を恨めしく思う。


……私が嫌いになりきれない、ほろ苦い感情が込み上げるその香りは昔と同じだ。



「ロンドンから直でここ来た。それくらい会いたかったって言ったら、柚ちゃんはどうする?」

「は?バカでしょ?だったら東京帰る前に、目の前の博多湾に飛び込んで頭冷やせば?」

「貿易の妨げでしょ?」

「東条の通関士や海運業者を使って入港許可でも何でも取れば?」

「なるほどぉ。柚希と一緒ならやる価値あるな」

「アンタの道連れになる前にひとりで飛行機で帰るっての」


「ロンドンから立ち寄るくらい執念深い男から逃げられると思ってんの?」

「警備員呼んでやる」


——つらつらと嫌味の往来が続くのも、私とこの男が昔馴染みである証拠。



「そんなことしないって知ってるけど?」


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